この問題解決方法はどこにあったのでしょうか。
河川法の制定以前における河川関連の法制度は、1871年(明治5年)に大蔵省によって施行された「河港道路修築規則」がある。日本最初の河川法は、1896年(明治29年)4月に制定された。この法律は河川管理者を原則として都道府県とし、必要に応じて国が工事を実施する体勢を定めた。当時相次いで起こっていた水害の防止に重点をおいたもので、以後日本の大河川の改修はこの河川法の下で実施された。当時「森林法」・「砂防法」と合わせ『治水三法』と呼ばれた。
この旧河川法における河川管理の特色は河川を「河川法適用区間」と「河川法準用区間」に分け、適用区間については内務省(戦後は建設省)によって直轄管理を行い、準用区間については各都道府県知事が管理を行うというものであった。制定当時は治水にのみ重点をおいた法整備であったため、利水に関する想定はされていなかった。
ところが1911年(明治44年)に「電気事業法」が施行され、全国各地で水力発電を目的とした河川開発が行われると、法制度の不備が発生した。治水を念頭に整備された為に利水に対する法解釈は無いに等しく、事業推進に著しい不利が起こる事があった。加えて発電用ダム建設に伴い、庄川流木事件や宮田用水事件など慣行水利権者と電気事業者の利害衝突が相次いで発生したが、旧河川法ではそれに対応できるだけの対策が皆無であった為、紛争の調停に対処出来なかった。
政府は旧河川法の不備を補填する為に1926年(大正15年)に「河川行政監督令」、1935年(昭和10年)には「河川堰堤規則」を施行し、こうした事例に対して速やかな対応が取れる様に法制度の改善を図った。だがこの頃になると物部長穂(内務省土木試験所長)が「河水統制計画」案を発表、一水系を一貫して開発し、治水・利水に役立てようとする主張を行った。当時アメリカではテネシー川流域開発公社(TVA)が実績を挙げており、これに影響された内務省は1940年(昭和15年)より7河川1湖沼において河水統制事業を実施した
引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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